2015年09月07日

本当は秘密にしておきたいけど、やっぱり読んで欲しい人間社会学科教員のオススメ本 第五回

ゲーテ『ファウスト』 
人間社会学科  今井 亨  
  

 私が薦めるのは、ゲーテが生涯をかけて著した戯曲『ファウスト』だ。自分を満足させてくれたなら魂をくれてやると悪魔と契約したファウストが、時空を超えて旅する話。
 大学生や高校生の頃の体験が、後々の自身の嗜好や価値観を方向づけるという面はあるだろう。本もその一つ。見聞を広げるという意味でも、多感な年頃にぜひこうした古今東西の大作に挑んでほしい。

 さて、古典的な名作は影響力が大きく、偉大な先人もこれに触発されて創作を試みていることから、それらも合わせて楽しむといい。たとえば、手塚治虫の「ファウスト作品三部作」。20歳で書いた「ファウスト」~~天才の理解力に畏れ入るばかり~~、42歳で書いた「百物語」~~舞台を日本の戦国時代にとったみごとな換骨奪胎、4~5頭身キャラも味がある~~、遺著となった「ネオ・ファウスト」~~こちらはかなりの社会派で昭和の香り、完成していたらどんな作品になっていたのだろうか~~。さらには、シューマン作曲の「ゲーテの『ファウスト』からの情景」。『ファウスト』を音楽化した楽曲はいくつかあるが、一日最後の風呂あがりに、この第3部冒頭の深山幽谷を描いた合唱などを聞くと、疲れがいやましに抜けていく。その歌詞にあたる原典『ファウスト』(第二部第五幕)の訳文をいくつか掲げてみよう(/は出典の改行箇所、振り仮名は省略)。
 “森は風に揺らいでこなたになびき、/岩々はそばだってそれを支えている。/木々の根は匍いめぐってからみ、/幹と幹とはひしと寄って天をさしている。/谷の激流はしぶきをあげてほとばしり、/奥深い岩穴はわれらを護る宿りとなる。/獅子は親しんで/われらのまわりを黙しつつあゆみ、/聖なる愛のただよう/浄き境をうやまう。/”(手塚富雄訳・中公文庫~~典雅な響きがこだまする、同著『いきいきと生きよ』・講談社現代新書もゲーテのことばのすばらしさが伝わる名著~~)
 “ゆらぐ繁みと/やすらぐ岩と/からむ木の根/立ち並ぶ幹と/奔るしぶきが/岩屋をまもる/獅子は黙々と/まわりに遊ぶ/きよらかな愛/きよらかな山/”(池内紀訳・集英社文庫~~爽快で心地よいリズム、これなら少しは気軽に読めるかも~~)

 私が初めて本作品を知ったのは、高校1年生の古典の授業だった。先生はゲーテがたいそうお気に入りだったと見えて、たびたびゲーテの詞を口ずさんでは世界を啓いてくださっていた。年度末の授業で紹介くださった次の詞を携えて本屋に文庫本を探しに行ったことを今も忘れない。
“絶えず努力して励むものをこそ 私たちは救うことができるのです”

  


Posted by 静岡英和学院大学  at 16:02